2016年11月15日

ガーゼのマスクはなぜ少ない?

長年酷使してきた身体の切り替えの年でもあったのだろうか、今年は春先から体調不良や
膝痛に悩まされ、作業全体が、特に外仕事がなおざりになってしまった。
早や目を先に向け、来年こそ頑張らなくてはと思っているが、年々処理能力が落ちていく
ということはすっぽり頭から抜いてしまうところが無謀というか。。。

咳はようやく治まってきたが、それにしても今回の風邪には参った。
喉を痛めるときついのは毎度のことなのだが、今まであまり体感したことがなかった手足
の脱力感が厳しかった。
これで熱が高ければインフルエンザかと思うのだが、熱は微熱程度なのだ。
体力があるからこんなもんで治まっているんだと威張ったら、体力があったら風邪自体を
貰ってこないでしょと返された。

しかし、、、公衆の中で平然とマスクなし、手も当てずに咳をして憚らない人が多い。
そんな中にうっかり入りこんでしまい「しまった!!」と慌てて退散しても時既に遅し。
罹った私が間抜けなだけだ。。。

新明解国語辞典によると、マスクというのは「かぜの病菌の吸入・放出を防ぐために鼻・
口をおおうもの」とある。
昔は他人様にうつしたらいかんというのがまず先にあり、幼い頃からそう教えられて
きたけれど、最近は予防の意味合いが大きいのかもしれない。

そのマスクだが、不織布のマスクが全盛なのかガーゼのマスクが極端に少なくなっている。
薬局や百均でもガーゼのマスクは陳列の隅っこに一種でも有ればいいほうで、皆無の店舗
も多い。
マスクの9割以上を占めるほどに不織布マスクはフィルター性能が高いのだそうな。
でも、、、不織布のマスクって息苦しくならない??
最初の数分は我慢できるけれど、すぐに汗ばみ、酸素不足のように喘ぎだして余計に
苦しくなり、結局外してしまうのは私だけ?
不織布ばかりが並んでいるところをみると、みんな平気だということなのか?

ウィルスをまき散らさずまた侵入を防ぐという意味合いはなくても、掛けていると喉の
乾燥を防ぎ痛みが和らぐのでそのために欲しいと、何か所か回ってようやく見つけた
ガーゼのマスク。
ガーゼのマスク

息苦しくなく本来の役割を果たせるガーゼのマスクはできないものなのか。
何とか開発していただきたいものだ。

posted by けい at 18:34| 奈良 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

アドベンチャーワールドは愉しい♪

アドベンチャーワールドってほんとうに楽しいね。
子供は勿論だけれど、大人も、老人だって目いっぱい楽しめるのが嬉しい。
有料のプランもいろいろあるけれど、無料のプランがとても充実していて、しかもどれも手
を抜いていないのが凄いところだ。
昔々、娘が幼い頃に訪れたことは有るのだけれど、勿論パンダちゃんたちはまだ居ず、野原
のような所で動物を見、オーシャンにはオルカも居たしイルカも見たよねという程度の記憶
しか無くて、多分その頃は今のように設備もプランも充実してはいなかったのかもしれない。

スタッフが親切で丁寧なこと、そして楽しんでもらおうという意欲に満ち溢れているのが感じ
られて大いに感動したのだった。

パンダに会った後は海獣館やビックオーシャン、ペンギン王国へ、そしてケニア号に乗って
サファリワールドを巡る。(画像は載せきれないので極一部だけれど。。。)

「ホッキョクグマ」
ホッキョクグマ

「ペンギン王国」にて
ペンギン王国

ペンギンパレード
ペンギンパレード1

ペンギンパレード2
暑い中をお疲れ様!

ビッグオーシャンにてマリンライブ
マリンライブ1

マリンライブ2

マリンライブ3
入場したのがライブの開始寸前だったので席は大方埋まっていて、手摺りが邪魔な場所しか
なかった。
それにしても、「お見事!!」としか言いようのないダイナミックなダイブだった。

ケニア号にてサファリワールドへ
ケニア号

草食動物ゾーン(大きな画像はクリックしてどうぞ!)
草食動物ゾーン1 草食動物ゾーン2 草食動物ゾーン3

草食動物ゾーン4 草食動物ゾーン5 草食動物ゾーン6

草食動物ゾーン7

肉食動物ゾーン
肉食動物ゾーン1 肉食動物ゾーン2 肉食動物ゾーン3

肉食動物ゾーン4 肉食動物ゾーン5

山岳区
山岳区1 山岳区2

「楽しかったね」と話しながら最後に回ったのがフラミンゴ広場とレッサーパンダの棲み処。
フラミンゴ
フラミンゴ広場というからにはたくさんのフラミンゴを想像していたので少しガッカリ。

レッサーパンダも暑さにグッタリで、ミストを浴びているかごろんとしているかだったが、
可愛かったなぁ。
レッサーパンダ1

レッサーパンダ2

レッサーパンダ3

最後に、、、
オムライス
昼食でゆうちゃんが選んだのは、エンペラーペンギンをモチーフにしたオムライスだった。


痛みが取れていない左膝が不安だったが、移動に時間が掛からないように全体にうまく
まとめられており、そういう点でも心遣いを感じられたのだった。

「見逃したものもあるし、もう一度来たいね。暑くないときに。。。」とはさっちゃんと
Kiiさんと私だが、ゆうちゃんは「違う場所も知りたいな」とのこと。
もう高校生だものね。

posted by けい at 06:50| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

パンダに会えた♪(2)

PANDA LOVEの屋外では桜浜と桃浜に会えたが、屋内に居たのは海浜(かいひん)と
優浜(ゆうひん)。
海浜と優浜
手前が海浜、奥が優浜。

「海浜」2010年8月11日生まれ
海浜
海浜は男の子で、妹の陽浜(ようひん)と双子ちゃんらしいが、陽浜はどこにいるのかなぁと
きょろきょろ。
海浜は流石男子、笹の食べっぷりも豪快だ。

彼らの妹の「優浜」は2012年8月10日生まれ
優浜
食事の光景もなぜか上品で優雅じゃない?

アドベンチャーワールドの奥まった場所に有るブリーディングセンターにいました、海浜とは
双子の妹・陽浜と、五頭のパンダちゃんのお母さん・良浜(らうひん)
「陽浜」
陽浜

「良浜」
良浜1

良浜2
2010年、2012年、2014年と二年ごとの出産?
ということは、、、なんて、期待したりしてね。

パンダ兄妹のお父さんの永明(えいめい)は休養中だったのか、表には出ていなかった。

パンダちゃんたちは人の群れのそれも頭越しにしか見ることができないかもと諦めていた
のだが、意外や、意外。
すいすいと流れてしっかり間近で、しかもゆっくり会えたことに感激した。

入場チケット

posted by けい at 16:43| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

パンダに会えた♪(1)

関東から孫たちが来ていた14日、アドベンチャーワールドに出かけた。
私たちがお供なのか、いや、孫たちが付き合ってくれたのか、どちらかというと後者かも。

野迫川から白浜までは二時間半はみておきたいから午前五時起き、六時出発。
入場券発売は八時半からとのことでギリギリかなぁと不安あり。
道中は無事に走行でき、予定通りに到着するも既に駐車場は満杯。
うちは入場券交換が有ったために窓口に並ぶ必要があったが自動券売機で事足りた人たち
など入場ゲートの前に長い列を作りひしめき合っているから吃驚した。
こんな状況ではゆっくり回ることなどできないかもしれないと思ったが、9時半から入場、
比較的スムーズに回ることができその点にも吃驚させられた。

まずは双子のパンダ姉妹から。
入場すると「PANDA LOVE」と名付けられたエリアへ急ぐ。
ここでは2014年12月2日生まれの双子のパンダ、桜浜(おうひん)と桃浜(とうひん)が
出迎えてくれる
双子のパンダ1

双子のパンダ3
歓声を上げて走り寄る人たち、もちろん私たちも例外ではない。
パンダに見入るゆうちゃんとさっちゃん。
双子のパンダ2

連日のカンカン照りの中、熱中症対策も万全で出かけたのだが、海辺のせいか日陰は思った
よりは過ごしやすい。
それでもジリジリと上がる気温に根を上げて、、、
「暑いなぁ、、、よっこらしょっと」
双子のパンダ4
「ウ〜〜ン、涼しい!」
双子のパンダ5
ミストを浴びて心地よさ気。
双子のパンダ6

双子のパンダ7
「あぁ、いい気持ちだわ」

「私も浴びようかしら。どっこらしょ」
双子のパンダ8

「気持ちいいわよぅ」
双子のパンダ9

足をプラプラさせて遊びだしたのはどちら?
おっとりした性格の桜浜、活発で好奇心旺盛な桃浜というが、どちらがどっちか見分けは
つかない。
双子のパンダ11
あらぁ、上るのを諦めるの?

他のパンダたちは屋内の涼しい場所で笹を食べている姿ばかりだったが、まだ一歳八ケ月の
この双子ちゃんたちは、動きが多く仕草もあどけなくて人気を集めていた。

posted by けい at 08:58| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

雛の月

春を待つ気持ちが高まり、三月はウキウキする。

咳が治まったら暖かい日に、高取町の「町家の雛めぐり」に行きたいと思っていたの
だが、3月1日〜31日までの開催中にはどうも無理っぽくなってきた。

散歩の途中で少しだけ立ち寄った富田林市寺内町のひなめぐり(12、13日の二日間)
も、今頃になって画像の整理をしているのだから呆れる。
【三月ひなのつき】を書かれたのは石井桃子氏。
だとしたらまだ雛の月、許されるかな。。。

お雛様1
このお宅(本奥谷家だったか)の雛人形、とても素敵だった。

これは江戸時代後期のものだとか。。。
お雛様1

お雛様1

お雛様1

各家それぞれの趣きがありとても愉しかった。
お雛様2

お雛様3

お雛様4

寺内町の街路灯は雰囲気のある設えなのだが、そこにもそれぞれ小さなお雛様が。。。
街路灯1

街路灯2
ほんの一部しか見られなかったのが、残念だった。
来年は「けんこうだいいち」に努めて雛巡りを網羅したい。

それにしても、、、
個人が集めた雛人形の数とそれにまつわる歴史に圧倒されたのがF市の旧家だった。
広い屋敷中、所狭しと飾られた雛人形の数々を感嘆詞だらけで拝見したあの日、目が眩ん
だのだった。
一軒のお宅でとことん堪能できるのは勿論最高だったし、町巡りをしながら雛を愛でる
のも、また、よしだろう。

2009年3月2日の記事 F市旧家のひな祭り
「お雛様(1)」
http://nosegawaclub.seesaa.net/article/115046176.html
「お雛様(2)」
http://nosegawaclub.seesaa.net/article/115049148.html

posted by けい at 19:34| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

絵本のこと

絵本と児童書は合わせて4000冊を超えるかという我が家に、孫たちが絵本世代を
卒業したからと届いたものが追加されたから、ログ内は混沌とした状況になっていた。

本が納まった段ボール箱が積み上げられた脇で人間が小さくなっている。。。
娘宅から返ってきた本は女の子二人なので保存状態がとても良く、私が重複して買い
込んでしまった絵本と共に捨て去るには忍びない数々。
積み上げた絵本はよく雪崩を起こし。。。
積み上げられた絵本

昨年の4月、村の発言力がある方とお目に掛かった折、「保育所に絵本を200〜300冊
差し上げられるのですが」と申し上げたのだが、その際「それは有難い、預かっておいて
ください!」とのことでそれからもう一年半。

じつは5年ほど前、今はもう退かれたが村の保育所の園長先生と親しくお話しさせて
いただき、予算が少ないので子供たちにたくさんの絵本と親しませられないのがつらい
というお話を伺っていた。
その時も幾らかの絵本を差し上げたのだが、そういう経緯があっての上記の申し出
だったのだが。。。

20箱ほどの段ボールが積み上げられていては落ち着いて暮らせない、これはもう限界
だと村のしかるべき筋にお伺いを立てたところ、婉曲にお断りを戴いたのだった。
絵本の箱
有難いとの言葉を鵜呑みにして一年半、不自由を忍んでいたのだが、不要ならはっきりと
そう言っていただけたほうが助かるものを。。。

絵本棚
わが家の絵本は古典といわれるものを網羅していて、結構自慢できるラインナップだと
自負している。
差し上げることで無駄な出費を抑え、予算を新しい絵本の購入に振り替えられたら、
数多く揃えられるだろうとの思いも届かなかったようだ。

勿体ないなぁ、、、絵本は人間形成の原点。

数年前に若くして不慮の事故で亡くなった村職員のM君なら、生かす術をいろいろ模索
してくれただろうに。。。

仕方なく、大量の絵本を某有名古書店に持ち込む。
美麗本ばかりなので確かにいい価格では買い取ってくれるけれど、生かしてこその絵本
ではないかと忸怩たる思いがある。

posted by けい at 18:00| 奈良 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

過信のツケ

体力、馬力、根性には常日頃自信を持ち、身体も年齢に比較すると柔軟であると
自負していたから、山の作業などもとことんやり抜いてしまうという悪い癖があり、
オーバーワークで右膝を痛めてしまったのが昨年末。
「S病院ならリハビリの方法もしっかりレクチャーしてくれるのだから、早く行く
べし」とKiiさんには何度も言われていたのだが、そこがまぁ、病院が大の苦手
の私のこと、のらりくらりとかわして二か月。
何しろKiiさんはS病院とは14年前からのお付き合い。
リハビリ診療に対する同病院の姿勢を高く評価し、信奉して久しいのだ。

私も今までにオーバーワークで左肩や左大腿部などを痛めることがあったが、
少し長くは掛かっても自力で治してこれたのはS先生が書かれたこの本のお蔭。
新書




湿布を貼るなどして少し良くなっていたところに今回また荒仕事をし、今度は
立ち上がるたびに鋭い痛みを伴うようになったからどうにも仕方がない。
本を読み返し、意を決して病院の入口へ辿りつくまでの時間の長かったこと。。。
Kiiさんには‘ほとほと呆れた’という顔をされている。

痛み止めを飲み、リハビリメニューを家でもしっかりこなし、現在は鋭い痛みから
鈍い痛みへと変わってきた。
それにしても、痛み止めってすごいね。
日頃薬剤を飲んだことがないせいか、よく効きすぎて眠くて仕方がない。
平生、私の薬といえばスギナ、ドクダミ、桑に梅、生姜、ニンニク、花梨だもの。

膝を痛め、電気は落ちてと腐っていたところに「縁起物を見つけたから」と娘から
の宅急便。
06d.jpg
吹き寄せが大好きなのを覚えていてくれたのね。
羊の焼き絵が可愛くて、小さな金平糖や生姜糖も美味しくて、一気に気持ちが
和んだのだった。

posted by けい at 16:00| 奈良 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月01日

ご挨拶

年始ご挨拶

新年おめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆様にとってよい一年になりますように、お祈りいたします。
posted by けい at 16:58| 奈良 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月27日

富田林・寺内町探訪(2)旧杉山家住宅

寺内町といえば美しい町並みと旧杉山家住宅、そう記憶してから何年経った
ことだろう。
旧杉山家住宅もようやく訪れることができた。
旧杉山家住宅へ

旧杉山家住宅は昭和58年に国の重要文化財に指定され、富田林市が維持・管理
している。

外観
旧杉山家住宅外観1 旧杉山家住宅外観2
(帰りに全体の外観を撮ろうと思いつつ、失念してしまった。)

旧杉山家住宅1

旧杉山家住宅2

旧杉山家住宅3

旧杉山家住宅4

旧杉山家住宅7

旧杉山家住宅8

旧杉山家住宅6
富田林一の豪商と唄われた杉山家の住まいは、どこも流石の設え。

旧杉山家住宅9

障子が少しだけ開いた部屋では、お小さい方々が茶道のお稽古中だった。
soto01.jpg

奥の外回りも整っていて気持ちがいい。
soto03.jpg soto04.jpg


kura01.jpg
杉山家は明治時代の明星派女流歌人・石上露子(本名 杉山タカ)の生家だそうで、
その愛用の品や書簡が展示され、また略歴なども記されていて心惹かれるものが
あり、寒さを忘れて暫し佇む。
石上露子愛用品
石上露子は明星では五人の才女の一人として数えられ、またその美貌をして白菊
に例えられたのだとか。

先日堺市立文化館のアルフォンス・ミュシャ館に行った折、与謝野晶子文芸館も
訪ねたのだが、ミュシャと明星の繋がりにばかり気が向き、石上露子や杉山家との
関連などまったく知らないままだった。
もの知らずは損なことだとつくづく思う。。。

寺内町というのは寺院の境内に発展した町で、それが門前町との違いとか。
40件ほどあるという町家は7軒しか巡ることができていず、寺院も
興正寺別院を、それも門が閉まっていたので表から拝観しただけ。
tera01.jpg

‘総括’
寒いの痛いのと厭言を言いながら、、、
「行ってよかった寺内町、再び行きたい寺内町」

寺内町の町並みは「日本の道100選」にも選ばれている。
日本の道100選
今度は少し暖かい時期に、地図を貰って歩こうと思う。
年末のただでさえ気ぜわしいときに、落ち着いて散策などする気持ちには
なかなか成れないものだ。

石上露子の詩や歌は勿論だがその波乱に満ちた生き方も知りたくなり、図書館で
本を探してきた。
石上露子・寺内町
年始休暇にはこれらに没頭しそうだ。

ところで、乃南アサ氏の「行きつ戻りつ」に登場する地域は寺内町を含めて
12か所。
それらを巡る旅も楽しいだろうなぁ。

近くて遠かった寺内町、私にはもうひとつそんな場所がある。
比較的近いのになかなか機会に恵まれず行けなかったのが近江八幡
ヴォーリズの建築を訪ねる旅をしてみたい、というのが長年の夢なのである。
山の家に完全移住するまでには必ず実現したいものだ。

posted by けい at 18:00| 奈良 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

富田林・寺内町探訪(1)

街住まいだった日曜日、所要を済ませた後に空いた半日をどうするか。。。
山行き以外にはなかなか重い腰を上げないKiiさんが、珍しく行きたい場所
があると挙げたのが富田林市の寺内町(じないまち)

先の記事の乃南アサ氏の著書の中に「行きつ戻りつ」というのがあり、その中に
富田林の寺内町が出てくるらしい。
らしいというのは、、、じつは買い求めたままで私は未読なのである。
行きつ戻りつ
旅をモチーフにした短編集で、中には越前・高知・熊野や斜里町も出てくるそうな。
いつも怖いほどに心の内奥を見つめ抉る人が、この本ではひたすら優しくて筆致
も柔らかいのだとか。
解説によると初出が月刊「ミセス」への一年間の連載だったそうで、読者が主婦層
ということもあるのかもとKiiさん。
ヘェ〜〜ッ、解説まで読んでいるんだ。。。

「とにかく行ってみようよ。近いんだし」
「こんなに寒いのに行きたくないよ、それに長く歩くと右足が痛いんだ。。。」
「時々ちゃんと休むからさ」
そんなこんなのやりとりがありまして、仕方がない、付き合いますか。

富田林寺内町辺りは我が家から車で20分ぐらいの位置にある。
以前から行ってみたい場所のひとつでもあり、山の家への行き帰りには必ず
その横を通らなければならないのだから、わざわざこんな時期に行かなくても
いいじゃないの。
でもまぁ、いつでも行ける場所というのはつい行かず終いになる可能性も大きい
とはいえる。

富田林・寺内町は寺院の境内に接して形成された都市集落。
江戸時代中期以降に建てられた民家(商家、町家)が約40軒、往時の姿そのままに
保存・継承されているのだそうである。
(奈良橿原市の今井町や大阪府の堺などにも寺内町の面影をとどめる町並みが
保存されていると聞く)

最初に出合った建物がこれ。
町並み1
“富田林寺内町探訪”を拝見すると越井家住宅の米蔵とのことだが、その大きさに
驚いた。
停車中の車が手前にあり、撮るのが躊躇われたためこれは全体の写真ではないが、
如何に大きいか想像はできるだろう。

煉瓦塀。
煉瓦塀
煉瓦は古くなるほど落ち着いたいい色合いになるから好き。

山の家は、最初は煉瓦のつもりだった。
2万個ぐらいの煉瓦を発注するにはまず、伐採した杉丸太を処理しなければ置く
場所が無く、だからといって丸太を燃やして処分するのも忍びなく、たまたま
造ったズブの素人のログハウスが気に入り、終の棲家になったのだった。
そんなことを思いだしながら散策する。。。

立派な門扉の住まいがありぐるりと角を曲がっても先が見えず。
杉田家住宅

またその先の角を曲がったところに杉田家の銘板が貼られていた。
杉田家住宅

商いの店もあるのだが、どの店も町並みの雰囲気を壊さずしっくりと融け込ん
でいる。
町並み2

町並み3

園庭に置かれた遊具を見ると、これは幼稚園か保育所?
幼稚園?

街燈はさりげなく足元を照らすもの。
町並み4
この貴重な町並みを大切にされているのがとてもよく判る。

屋根や屋根瓦、虫籠窓、格子窓など建物の特徴もたくさんあり、興味が尽きない。
忍び返しのなんと趣のあること。
町並み5

散策していると寺内町遊園に行きつき、散策マップが立てられていた。
町並み9 町並み10
「こういう地図が印刷・配布されているのじゃない?やみくもに歩いても訳が
判らないじゃないの。何を商っていた店だったとか、そんなことも判ればより
楽しめるて理解も深まると思うけどなぁ」
とにかくリサーチ不足、毎度行き当たりばったりのKiiさんなのである。

帰宅後、ネットで“富田林寺内町探訪”を見ながらあらら。。。
「富田林駅前の観光案内所又はじないまち交流館で散策地図がもらえます」だって。

町並み6

乃南アサ氏の「行きつ戻りつ」に掲載されていた一枚の写真、多分この辺りから
撮ったものなのだろう。
行きつ戻りつ

寺内町探訪はもう少し続く。

posted by けい at 10:13| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月09日

少し、ご無沙汰でした

連れ合いがこのところ仕事に追われているので、思うように動けないでいる。
山の家の雪の具合も気にかかるのだが、これを乗り越えるまでは仕方がない。
以前なら日帰りでも行こうと思った山の家だが、疲れ気味の時は危ないと戒め
て我慢している。

日曜日はまず片付けておこうと「不在者投票」へ。

投票券が届くのが遅れていたので町の住まいがあるF市の選挙担当に電話したら、
結構年配の男性担当者が「ハァッ? 不在者投票?」と何度も聞き返す。
数度質問を繰り返し、「そうか、今は“期日前投票”というのでしたね」
「はい、そうです!」
クイズじゃあるまいし、そのぐらいのことは当然判っているだろうに、意地の
悪い担当者だ。
不在者投票という文言に慣れて長かったものを、頼んでもいないのに期日前投票
という言葉に勝手に変えてくれて、そのぐらいを察することができないなんて、
程度が低いのか不親切なのか。
今までいい印象は持っていなかった市だが、ますます嫌いになりそうだ。

さて、選挙。
先ごろ亡くなった菅原文太氏が言われた言葉に大きく頷いている。
「国民を飢えさせない」「戦争をしない」
それが正しい政治の在り方でなくてなんだろう。

アベノミクスは何をもたらしたのか。

この数か月というもの円安倒産が増えていると聞くのに、またまた暴言を吐いた
政府要人。
「ほとんどの企業は儲かっている。儲かっていないのは経営能力がないか運がない
かだ」と言ってのけたそうな。
これがアベノミクスの本音だろうか。。。

以下は「独り言」にて追記。
ちょっと独り言
posted by けい at 08:12| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月12日

アッケシソウ

北海道旭川にお住いの南さんから素敵な画像を送っていただきました。
厚かましく壁紙用の加工をお願いして、PCを立ち上げるたびに楽しんでいます。
了解を戴きましたので、こちらでもご紹介を。。。

アッケシソウ
「虫こぶがらみですが、昨日からサロマ湖のハマナスを観察に行ってきました。
8月末にも行ってアッケシソウを撮ってきたのですが、そのときは完全に紅葉して
なかったのですが、今回は深い赤色になっていました。
霜に当たると褐色になるので、ちょうどいいときに見に行けました」
(談話室のコメントを引用)

鮮明画像は下記へどうぞ。
野迫川倶楽部談話室

北海道の風景の雄大さに心を開放される思いがします。

posted by けい at 08:44| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

頑固な〇秘よ、さようなら!

尾籠な話で恐縮だが、じつは私め、頑固な常習〇秘持ちだった。
事の起こりはといえば、午前7時に家を出て夜の12時頃に帰宅などという、
少しばかりハードな日々を送っていた勤め人時代だから、もう相当の長きに
亘る。
それがきつく縛った紐をほどくようにするすると、いや、氷が一気に融ける
ように消え失せたのだから驚いたのなんの。
手放せなかった漢方の薬剤をもう5か月も服用していないだけでなく、その
更新記録はますます伸びているのだ。

このところ傍らから手離さない本が二冊。
「長生きしたけりゃ ふくらはぎをもみなさい」
(鬼木 豊監修、槙 孝子著、アスコム刊)
「医者に殺されない47の心得」サブタイトルには「医療と薬を遠ざけて、元気に、
長生きする方法」
とある。
(近藤 誠著、アスコム刊)
前者は健康に繋がり、後者は生き方を考えるよすがに。。。
愛読書

「医者に殺されない。。。」は精神的にも食養生の面でも、日常的に病気に
ならないための自助努力をしなさい、ということだと理解している。

「ふくらはきをもみなさい。。。」のこと。
頑固な常習〇秘持ちの他に、細切れ睡眠、偏頭痛と慢性の肩こりも抱えていた
のだが、ふくらはぎを揉み始めて数日後から症状がことごとく改善され、今は
「そんな日もあったのね!」という話なのだ。
薬は苦手で、やむを得ず漢方の〇秘薬のみを飲むぐらいで、頭痛や肩こりは
勿論のこと、細切れ睡眠でもお世話になったことはなく、ただ行き過ぎてくれる
のを待つだけだったこのウン十年。
あれは何だったのだろう。。。
草引きに根を詰めすぎて肩がバリバリになり頭痛を起こすときもあるけれど、
それは一過性のもので、抱え込みつらい思いをすることがまったくなくなった
のだ。

「効く」とか「効かない」とか、これにも賛否両論あるようだが、何事もだいたい
がそういうものでしょう。
「そんなことで健康になんかなる訳がない。。。」と言い切った著名人が居た
とか居ないとか、、、そんな話も人からは漏れ聞いたが。。。

「けいさんにはぴったり填まって、とてもよく合ったということなんだね!」
私の症状をずっと見てきただけにKiiさんの驚きは大きい。
その「ふくらはぎ・・・」だが、同じように揉んでもKiiさんには効果が無い
のだから不思議である。
鰯の頭も信心から?
ふん、言いたい人は言えばいい。
今日も私はふくらはぎを揉むのだ。



今日の皆既月食、よく晴れたからクッキリで楽しめたね。
皆既月食
三脚も立てずに撮ろうとするからブレブレ。

posted by けい at 20:00| 奈良 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月11日

ギョギョ!!な出来事

大型の台風8号は各地に被害をもたらしたようですが、心からお見舞い申し
上げます。
台風の目というのは漠然としていましたが、今回はクッキリでしたね。

予報では近畿直撃かと思ったけれど、早くに暴風圏もなくなり力も弱まったよう
で、なおかつ進路も海上南寄りになり、こういう予測だけは外れるのは有難い。
昨年の大雨で崩れた県道もまだ修復されていない箇所があり、いまだ片側通行
なので、この台風の動向はかなり気に掛かっていたのだった。

ただいま町暮らし。
台風一過の昨夜は涼しくて少し息を吹き返した。
(じつは暑さでバテていて、この一週間というものヘロヘロになっていた。
山と町の温度差が激しいので身体のほうがついていけなくなったらしい。。。)

タイトルのギョギョな出来事。
その一つはログハウスの中。
原因があっての結果だとは思うが、その原因が掴めないので不気味なのだ。
作業2
蟻やキクイムシにしては木屑が大きすぎるし、ログを積み上げる形状を考えると
野ねずみやテンがこんなところに入り込んでいるとも思えないしと、推理は巡る。
でも、、、木屑の大きさからするとテンぐらいの動物?
こんな窮屈な場所に入り込まなくても、どこなと棲み処はあるのだからと???に
なっている。
野ねずみやテンでないとすれば何だろうか?

外では、、、
作業1
朽木のタラに絡みついたアケビが、コウゾを道連れにどっと倒れていた。
谷の融水口も覆ってしまっているので処理しなくてはどうにもならず。
先週、暑さと熱さに悲鳴をあげながら枝木などを幾山も処理したところなのにね。
またどっさりの仕事ができて、ほんと、有難いわ!!(笑)

このすぐ傍らにウグイスが巣を掛けているシチダンカがあったからヒヤッとした。
(オレンジの矢印の箇所)
巣は落ちていなかったが入り口を塞がれて親鳥も入ることができなくなっていた。
落とさないように注意しながら塞いでいた枝を取り除いた途端に、親鳥が巣に
飛び込んだ。
卵の様子が気に掛かり、この際人間など目にも入らなかったと見える。

落ち着いたと思ったら、近寄るなと鳴き喚く雄。
少しは感謝してほしいものだ。。。
ウグイスの卵は4個
こっそり覗いたら、卵は4個になっていた。
巣立ちの時を見たい!!

この日は蛍狩りの来客予定だったから大慌てで処理に走り回る二人だった。
来客のお土産はサクランボ2キロとメロン「ルピアレッド」4個
お土産
卵や野菜などのお供をたくさん付けて、そっくり子供たちの元へ宅急便。
親ってそんなものですよね。。。

ここ数年の災害で川や渓の様相が変わり、蛍がずいぶん少なくなっている。
復活までにはかなりの年月がかかりそうだ。

もうすぐ梅雨が明けようというのに、今年はまだモリアオガエルの恋の季節が
続いている。
モリアオガエルの卵塊
卵塊がまた増えていた。
今週の雨を一番喜んでいたのは彼らではないかしら?

posted by けい at 09:45| 奈良 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

こっとんとはあぶと向日葵と

8日から14日まで大阪府下藤井寺市のアイセルシュラホールにて「こっとん
とはあぶと向日葵と」
という催しがあり、たまたま偶然行き合わせて実りあ
るひと時を過ごさせていただいた。
四十四の会1

四十四の会2
古市古墳群の世界文化遺産登録を目指す四十四の会(しとよの会)の主催で、
古墳群にある四十四の古墳が会の命名の謂れとか。

昨年から応神天皇陵の外濠400坪を借り、藍や紅花、ハーブ、ヒマワリ、綿
などを育てられ、今回はその活動の報告とそこから生まれた数々の作品の展示。
四十四の会3
会のサイトによると向日葵700本と綿400本を植えられたそうな。
花と実りの季節はさぞかし圧巻だったろう。
機会が有れば今年はぜひ拝見したいと思う。
それ以前に、、、荒れ地の開墾は生半可ではいかないと、野迫川の伐採抜根の
日々を思い起こしたのだった。

四十四の会5
収穫した綿を紡ぎ藍染にして織り上げたタペストリーは見事の一語に尽きる。

四十四の会6

四十四の会6

郷土の歴史遺産に関心を高めて欲しいと古墳群の紹介に努めておられる様子に、
日頃無関心だった私は思わず姿勢を正した次第。
四十四の会4

四十四の会7

出展の作品
写真は保田さん、絵画と焼き物は叶さん、染色や織物は谷水さん、そして
キャプションと詩は作家の川上恵さん。
貴重なお時間を戴き、ありがとうございました。

そして有意義なお話を伺えた荻野さん、ありがとうございました。
遣唐留学生 井真成(いのまなり)氏の紙芝居、ぜひ拝見したいです。
四十四の会8
「ちなみに、この本は手作りです。
面白いこと大好き人間の私が呼びかけ、制作をしました。
古墳の記事は古墳に詳しい方々に書いてもらい、写真は保田さん。
コラムや神社仏閣は私が担当し、デザインも知人です」川上恵さん談。

しっかり読ませていただきます。

今回配られたのが応神天皇陵で育てた向日葵と綿の種。
向日葵の種には血統書がなく、大王墓の外堀に咲いた花の種ということで
「大王ヒマワリ」と名付けられたそうな。
向日葵と綿の種9
この向日葵の種は羽曳野市の小学1年生にも配布されたようで、種まきの下手な
私は、、、別に競う訳ではないけれど緊張している。
今回張った防獣ネット際にズラズラと蒔いてみようと思っているが、発芽しな
かったら、育てられなかったらどうしよう・・・

野迫川村と縁のある方との思いがけない出会いもあり、新しい知己を得ることは
嬉しいものだとつくづく。。。

四十四の会の公式サイトは
https://www.facebook.com/hitoyonokai

posted by けい at 21:16| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする